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高知家庭裁判所 昭和36年(家)737号 審判

申立人 早瀬明子(仮名) 外一名

本籍 朝鮮 住所 申立人に同じ

事件本人 朴礼子(仮名)

主文

申立人等が事件本人を養子とすることを許可する。

理由

筆頭者早瀬寿美の戸籍謄本、筆頭者早瀬明子の戸籍謄本、高知市長作成の登録済証明書二通並びに申立人両名、事件本人及び朴良子各審問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

一、事件本人の母朴良子は早瀬寿美同安吉の長女であり、日本人であつたが、昭和十五年頃朝鮮平安南道江西郡甑山面正養里○○○に本籍を有する朴丙信と婚姻してその家に入り、高知市内で同棲し、昭和十九年四月八日事件本人を出産した。

ところが朴丙信は昭和二十年十月本籍へ帰ると称して家出し爾来消息不明であり、事件本人は、母朴良子が日やといなどしてその父早瀬寿美及び申立人等の援助の下にこれを養育し、現在に至つている。かような次第で事件本人は幼時に父と生別し、祖父早瀬寿美等日本人の間で家庭生活を送り、高知市内の小学校、中学校を卒業し、現在同市内小津高等学校に就学している。従つて事件本人は朝鮮の伝続、風俗、習慣等につき何等の知識経験なく、勿論朝鮮に渡航する意思がなく、日本人である申立人等の養子となり、かつ日本に帰化し、永く日本人として生活したい意思である。

しかし事件本人は、現在朝鮮人である以上本件の如き私生活上の諸問題につき、朝鮮の法律に従うべきであるとすれば、大韓民国政府の法律と朝鮮民主主義人民共和国政府の法律とのうち大韓民国政府の法律に服従したい旨の意思を表明している。

二、申立人早瀬力は○○産業運送株式会社に勤務し、月収二一、〇〇〇円位あり、格別財産もないが、家族少なく生活に困ることはない。

申立人早瀬明子は事件本人の母朴良子の妹で、これまでも事件本人の養育に協力して来ており現在も同居している。申立人等には公司という長男がいるが、一人子で淋しく事件本人とはこれまで姉弟のようにして育つて来ているので事件本人を養子として今後も世話したい、というのが本件申立をするに至つた理由である。

よつて考えるに、上記事実からすれば、申立人等が事件本人を養子としても実質的に何等不都合な点はなく、事件本人の将来を明るくする上に役立つものと思われ、養父母たるべき申立人等の本国法たる日本民法を適用する限りにおいては養子縁組の形式的要件をもみたしており何等問題とする点はない。

問題は養子となるべき事件本人の本国法に照し縁組要件にかくるところがないかどうかである。よつて事件本人の本国法につき考えるに、事件本人が北朝鮮に本籍を有する朝鮮人であることは上記認定の事実により明らかである。ところで朝鮮には大韓民国政府及び朝鮮民主主義人民共和国政府なる二つの政府が対立し、夫々法律を制定し、互に朝鮮の全領土全人民に対する支配権を主張しているが、実際には三八度線を境界とし、その南を大韓民国政府(南鮮政府)が、北を朝鮮民主主義人民共和国政府(北鮮政府)が、夫々支配しているに過ぎず、いずれも朝鮮の全領土全人民を支配し代表する政府であるとの承認を得ていないのが現状である。従つて朝鮮に住所、居所を有する朝鮮人等がその地に現実に強行せられている南鮮政府又は北鮮政府の法律を当然自己の本国法として受取りその支配に服すべきはやむを得ないこととしても、当該法律が現実に支配を及ぼしていない地域に住む朝鮮人までが非選択的にそのいずれかに服従しなければならない理由はなく、まして上記認定のような事情にある事件本人が、単にその本籍が北鮮の支配地域にあるとの理由のみで、北鮮政府の法律を当然にその本国法として受取り服従しなければならない理由はないものと思われる。

結局本件の事件本人の如き者にはむしろ在所地法たる日本法を適用するのが妥当であると思われるが、朝鮮が独立し、事件本人も朝鮮の国籍を有するに至つた以上朝鮮の法律を適用するの外はない。ところが朝鮮における法状態は上記の通りであつて、法例第二七条第三項の「地方に依り法律を異にする」場合に類似している。よつて同条を本件に類推適用すべく、しかるときは「その者の属する地方の法律」が準拠法となる。しかるに本件においては「その者の属する地方」の決定につき、住所、居所、過去の住所、過去の居所等何等基準となるものがなく、(本籍地はあるがこれを基準とすることは上記の通り理由なく)本人の意思が唯一の基準というべきである。

よつて本件については上記認定の事件本人の意思に従い、大韓民国の民法を適用してその要件を定むべく、大韓民国の民法によつても本件養子縁組は縁組要件に何等かくるところはない。

以上の次第で本件はこれを許可すべきものとし主文の通り審判する。

(家事審判官 宮崎順平)

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